雨宮昭一の個人研究室

政治学と歴史学と地域の研究をしている雨宮昭一の備忘録です

蝋山政道における起承転結

この間体調を崩し、ブログを休んでいたら何人かの若い友人から「催促」もあり、体調も回復してきたので書くことにする。

この間、『占領戦後史研究会ニュースレター』2018年6月に「戦後体制の言説生産の場と主体」という文章を書いた。そこでは蝋山政道が戦後体制の言説のメインコンテンツとして、第二の国体、協同主義、福祉と協同主義のための開発と経済の高度成長、を述べてきたこと、晩年にはそれらの特に開発の限界を自ら自覚していたこと、そのあとを私達はどう引き受けるか、を記した。蝋山のある側面の起承転結を、あるいは戦後体制のある側面の起承転結が書けたかもしれない。

 もう一つはこの間の米朝会談の位置と意味である。長いメモを書いたが文章にするのは後にする。この会議は、不断に「ならず者国家」を生み出す「無条件降伏モデル」に基づく戦後体制の一つの越えかた、超えかたの実践であり、それによる次元の変化を前提として外交や民間の刷新がなされる必要があると思われる。

 

 遅れたが6月の俳句

決勝の壁と希望へ雲の峰

たえまなき迷子放送若葉光

粗塩で食みし青梅遠い空

花あふち一日(いちひ)一時(いちとき)一事(いちじ)を愛す