雨宮昭一の個人研究室

政治学と歴史学と地域の研究をしている雨宮昭一の備忘録です

総力戦体制論の新展開と医療の「社会化」ー自由主義・協同主義の関係と割合と医療制度

 私はこの10年ほどは、戦時の戦後、現代までの連続性を一つの内容とする総力戦体制論をさらに展開しようとして来た。それが、戦時体制は自由主義と協同主義の関係から言えばはじめて上から、下からの協同主義の流れを上から制度化した体制であったこと、その構造を始点としながら以後下から、上からの協同主義潮流と保守と自由主義潮流との関係の中で、共時的には自由主義と協同主義の関係と割合、通時的には相対的に自由主義の強い体制から協同主義の強い体制へたとえば自由主義体制から協同主義体制へ、新自由主義体制から新しい協同主義体制への移行、としてきた(拙著『協同主義とポスト戦後システム』有志舎、2018年、9-12頁など)。以上のことと先週の土曜日、2021年12月11日にオンラインで行われた同時代史学会大会の内容が非常に響きあっていたのでコメントしたい。なお報告の内容はやがて学会誌に載せられるが、ここでは正確とは言えないが私のメモによりまとめる。

 大会では「医療の同時代史」をテーマとして、佐藤沙織さんが「戦後日本における医療の福祉的機能」の報告をされた。報告は世界一病床数があるのに医療ひっ迫になった原因を、病院が民営が多いこと、平時からスタッフ最小で空床がなく経営されていること、とする。それらをもたらした1960年ん代、70年代、80年代の動向を、60年代の政策は公立病院の増加などの「医療の社会化」等がとん挫し、50年代に引き続き開業医の救済と拡大になったこと。70年代は高度成長の影でもある老人医療をめぐって老人医療費無料化などで長期入院が増える。福祉的機能の付加である。80年代になると長期入院の是正がこころみられたが、60年代以来の「開業医のオーナーシップ」は崩れなかったと説得力豊かに報告された。

 二番目は、高岡裕之さんの「1960~70年代の「国民医療」と「医療の社会化」」報告である。報告は医療は公私混合体制で、支払いシステムは国家の統制下におく現代の制度の歴史的経緯を追う。関連する「医療の社会化」についてはすでに1926年に東大社会医療研究会の『医療の社会化』で、①慈善事業、②社団法人、③社会事業として公立、④健康保険法、⑤産業組合、⑥無産者医療運動、が指摘されていること。1930~40年代前半には国民皆保険に連なる「国民健康保険法」と、内閣指名の日本医師会など開業医の統制など「国民医療法」などによる「国営化」が制度化される。

 敗戦後、その「医療法体制」の解体が「自由化、公営化、協同化」のもとになされ、医師会は任意団体、利益団体となる。1958年国民皆保険法が岸内閣下でできる。厚生省は公的医療機関,公立病院を中心とするなど「医療の社会化」を図る。それに対して竹見太郎を会長とする医師会は、医師や支払いへの国家統制、「社会化」として、それを「国家社会主義」「左翼」的として対し,保険組合の解体、診療単価の値上げ、公立病院の「乱立規制」など医師会主導の方針を推進し、自由主義経済社会の医療体制をすすめた。60年代後半から70年代にかけては、社会保障などをめぐる革新のがわの革新自治体の展開など、状況の変化が現れた。社会党の医療供給制度の公共化、として私的営利的なものの規制、医療の社会化、などが、憲法25条やイギリスのシステムなどに関わり、それが、やがて社公民、社会党公明党民社党の共同政策となった。共産党は開業医と無産者保護の運動をしていた。自民党は自己責任、自由主義的な「国民医療対策大綱」を推進しようとしていた。

 コメントとして中北浩璽さんが敗戦後の医療公有化の動きを阻む吉田茂などの動き、高度成長のひずみとして、雇用レジームの外の老人問題の顕在化、老人医療費無料化、革新自治体との関連など有益な論点を指摘された。廣川和花さんは資本主義的営利批判、「脱営利化」、「脱商品化」、「開業医と病院関係団体との関係、など大変有益な論点を提出された。廣川さんは「脱商品化」としての医療の社会化と、「所有型原理医療システム」「自由開業医制」との関係、開業医と病院関係団体との関係などのきわめて有益な論点を提起された。

 以上の内容と前述の総力戦体制論の新展開と関連させてみよう。まず、1926年の文献の①から⑥の6項目、「公共化」、「脱営利化」「脱商品化」など各段階で現れる「医療の社会化」は協同主義の内容とかさなるといってよい。それに対する「所有型原理的医療システム」「自由開業医制」「オーナーシップ」などは自由主義の内容である。この協同主義は上からの協同主義と下からの協同主義があり、上からであるが、初めて制度化されたのは戦時期である。そこでは、わたしもふれてきた医療分野では開業医の自立性への統制、、価格の統制、「国営化」などが制度化された。勿論開業医たちも対抗していた。それが原型構造となり、この上から下からの協同主義と自由主義との関係と各レベル、局面における関係と割合の変化が展開する。GHQは下からの協同主義と自由主義を上から強制した。その後50年代から80年代までの展開の後、新自由主義、医療でいえば一切の余裕のないシステムが進行して、コロナ禍で医療ひっ迫をおこす。関係と割合でいえば異常に自由主義が強く多くなったのである。とすれば通時的にはそれをふまえた新しい協同主義が強く多くなるシステムが展望されよう。

 以上の総力戦体制論の新展開については「脱商品化」などもふくめて、最近上梓した『協同主義とポスト戦後システム』有志舎、2018年,および本年2021年12月20日に出版される拙著『時代への向き合い方ー老年期の学問・高齢社会・協同主義』丸善プラネット社、を参照していただきたい。