雨宮昭一の個人研究室

政治学と歴史学と地域の研究をしている雨宮昭一の備忘録です

五月の俳句

体調を少しくずしたが回復しつつあるので、俳句をつくった。小金井公園の建物館をおもいだしながら。

棟の間の五月の空の三センチ

行く春を縄文晩期の丸木舟

川原石の古墳の下の夏の川

万緑を分けて7500型都電

復元のその復元の夏屋敷

若葉色のドレス銀杏若葉の只中へ

三四郎の硬い若葉や今もなお

漉し分ける石舛の夏の青光り

送られてきた文献

 4月になったが3月17日の報告と討論の余波が録音の電子資料で読んでいることもあってか、なかなか薄れない。この間、私の研究ノート「小金井市近現代史から市の現状と課題を考える」の抜き刷り、とそれが掲載されている『地域総合研究』第12号、2019年3月、およびここ何年か、私も参加した大原社研のメンバーたちとの戦後の日本社会党、および総評の書記局の22名の人たちのヒヤリングを集めた同研究所、五十嵐仁、木下真志編『日本社会党・総評の軌跡と内実ーオーラル・ヒストリー』旬報社、2019年3月、が送られてきた。

 前者をすでに読んだ何人かの若い人からは,ここでの「下から、基層、地域から」との視点から「上から」との対抗を要求されている。しかし私は上下の対抗ではなく、「下の」動きをふまえた「上からの動き」のオルタナティブも出すべき、といっているつもりである。またこの文献が「わかりやすい」と私の参加しているある都市の審議会にコピーして配布されたのは少しうれしかった。後者はあらためて読み始めたがヒヤリングの時を思い出しつつ、書記局の人たちであるがゆえに実質的な情報が豊かに表出されていて残る仕事だと思う。

第一回協同主義研究会

 昨日3月17日に協同主義研究会の第一回が小金井市のマロン会館で行われた。私が「協同主義研究会の様々な課題と様々な立ち位置ーポスト戦後体制の模索期(1989-2019年)と内外の当事者性、、メタへの責任、既成制度からの自立」について報告した。

 30名程の会員のうち18名の方が、九州、秋田、新潟などからも、そしていずれもまだ大小の「功成り名遂げ」と思って無自覚にそれに思考が拘束されない意味でも現実的にも若い人が多い集まりであった。報告1時間、討論2時間、できわめて本質的で深く先端的な議論が行われ、そのあとの懇親会でもそのまま議論が引き継がれた(報告の内容と議論は起こして印刷される予定)。

 協同主義を、内外、諸領域、諸時代に体系的にかかわるものとして提起したこともあって、多面的な論点があがった。アトランダムに、闇経済と自主管理、社会の基層と政治、国家の間の各レベルにおけるヘゲモニー空間、オルタナティブ、中国における協同主義の契機、解釈改憲の程度の質的意味、70年代の地域計画の協同主義化、社会国民主義派の戦前、戦後の都市計画と新旧住民、協同主義の理念と課題と担い手ー戦時と戦後とポスト戦後、秋田における協同主義と農協の歴史的位置、などなど。当然、報告者の四潮流論にも、ファシズムやマフィアの評価にも激しい指摘があった。その評価の基準が抽象的なデモクラシーではなく、その現場で生きていくためのオルタナティブを基準にすべき、と報告者は述べた。とにかく知的にも実に楽しい時間だった。また知らない人たちが知り合いあたらしいネットワークのプラットホームにこの会がなっているのもいいなと思った。次回が楽しみである。

 

 

2019年3月の俳句

 この2、3か月はゆるくではあるが協同主義研究会の立ち上げと、私は研究会では報告しないはずが、この3月の第一回研究会で報告する羽目におちいり、その準備のために余裕はないはずであるが、俳句はできてしまった。この間の春の雨、さらに自宅の二階からは自宅の小さい庭のほかに近所の家々の庭の植物や蝶や鳥がよく見え、それらを見ているうちにできたものばかりである。

 

間氷期のとあるベランダ紋黄蝶

目白数多全花細動藪椿

砂庭に蕗の薹のみ二つ三つ

ハーバードヤードに連翹黄一叢

雨粒の全部がちがう春の雨

以上

 

 

2019年1月の俳句

晦日や本屋に列の長く伸び

紅葉散り八つ手の光伸びやかに

子供とはいつも有事や初御空

山迫り星を貫くどんどの火

我らはや二代の遺物初茜

一時は彼の地の命初御空

平成夏代々木公園デング熱

折れる枝折れるわけあり野分だつ

恐竜を見たかと問ふ孫日脚伸ぶ

婚活も豚カツもよし福寿草

惚けるたあ惚れたってこと返り花