雨宮昭一の個人研究室

政治学と歴史学と地域の研究をしている雨宮昭一の備忘録です

市制60周年、歴史、課題

2月17日に「小金井市民運動新聞」の編集部の人から、市制60周年を迎えるにあたり、私が現在、市民講座で行っている「小金井市近現代史から小金井市の現状と課題を考える」の内容を8回から10回ほど連載したいとの依頼があった。3月に上梓される本のあとは今の地元の歴史をきちんと調べようと思っておりその具体化の一つでもあった市民講座で講演し参加者と議論したこともいれてまとめようとしていたこともあって快く担当させていただくことにした。大変幸運でもあるしだいである。誕生日の一日前というのも縁をかんずる。前から考え表明してきた、、この市における連帯、互助、社会形成、ポストベッドタウン、内外循環、生活の質などを軸にして考えて行きたい。

 

2月の俳句

いい人でなくてもいいの猫柳

抱き上げる赤子哄笑冬銀河

牽くは老牽かれるは幼冬椿

 

「戦後レジームからの脱却」と沖縄

 昨2月8日戦後体制研究会の研究例会があった。自民党衆議院議員宏池会国場幸之助さんのインタビューがおこなわれた。沖縄の保守故の特徴でかつその課題の複雑性や先端性ゆえに保守そのものの先端的普遍性につらなることを感じた。

 特に印象的であったのは、「沖縄メディアを抱擁するのが沖縄保守」と言われたことである。これは基地問題などに批判的で百田氏等からつぶすべきといわれるメディアである。さらに「ぶあつい保守の会」をつくり自民党安倍一強体制と異なる若手の勉強会をつくり活動したことである。

 さらに安倍首相が「戦後体制からの脱却」というなら沖縄の置かれた状態からの脱却もはいらなければならない、との主張である。たしかに沖縄の置かれた状態は戦後体制の不可欠な一環である。しかも興味深いのは、その沖縄問題の解決に力を入れたのは戦後体制の政治における主役といってよい田中角栄派や宏池会の政治家達であった。つまり戦後体制を維持しつつ戦後体制を越えるか、脱却によって越えるか、そして各々可能性が検討されなければならないと思われる。後者については脱却派は戦後体制の所産であり不可欠の一環である沖縄問題は「脱却」しない状態である。前者はまだ可能性は残っていると思われる。たいへん新しい知見を与えられたインタビューであった。

 国場さんの話を聞いて自由主義と協同主義を横軸に第一の国体と第二の国体を縦軸にして現在日本の政治や社会のシ諸潮流をかんがえると第二の国体と自由主義と協同主義の混合の象限が非常に生き生きとイメージできた。さらに付け加えると沖縄と本土という比較のしかたとことなってたとえば中央や大都市を介さない比較、たとえば沖縄と甲州の比較、中世、近世ではみんな違うしそれぞれが外交権もふくむ自立性をもっていたのは共通である。(この比較のしかた、戦後の超え方ー越え型とこの諸潮流の詳細については3月に上梓される『協同主義とポスト戦後システム』(有志舎)を参照)

唯武器論と朝鮮問題

 唯武器論とは1933年に毛沢東が「持久戦」という著作のなかでのべたものである。戦争の勝敗は武器のみによって決まらない。きめるのは物ではなく人である。持久戦争になれば敵の武器も消耗したり士気がなくなったり、国内での厭戦、国際世論の非難などの武器以外の要因で勝敗が決まる。それを考えない思考を唯武器論といっている。

 いまの北朝鮮核兵器をめぐるありかたはアメリカも北朝鮮も両方ともこの唯武器論で動いているようにおもわれる。

 たしかに武器以外のソフトが武器大国である相手以上であった日中戦争時の中国、ベトナム戦争の時のベトナムなどは勝利した。しかし必ずしもそうでなかったイラク戦争リビア戦争のときは武器大国が勝利した。後者の場合はそのうえに報復攻撃する武器を持たなかったが故に攻撃されたのである。北朝鮮は微妙である。一定のソフトを使用しつつ上記

の武器を持つに至っている。あるいみでは稀有な唯武器論による均衡、危うい均衡に至っているといってよい。つまり日中戦争ともベトナム戦争とも、イラク戦争ともリビア戦争ともことなってもし戦争になれば広い範囲の核兵器戦争になるだろう。。

 今までと異なる唯武器論の克服、が要請される。つまりこの段階と特徴に即した武器を使わずに人、士気、厭戦、国際世論などを通しての解決である。

 

帰心といふ色 - 雨宮昭一の個人研究室


帰心といふ色 - 雨宮昭一の個人研究室

帰心といふ色

1月20日のマッカーサーノート研究会、翌21日の文明ホオラム@北多摩に連続参加したがさすがに疲労した。20日の統帥権の報告については私の『近代日本の戦争指導』の範囲であった。もう1本の立憲民主党の生成過程はじつにおもしろかった。旧社会党、連合、広告会社、官僚、ITなどなどがからんだ実態がよくわかった。さて1月の俳句を記録しておく。

寒夕日文焼く庭火の芯照らす

うす紅のかすかな憂い寒卵

帰心といふ色のありけり虎落笛

雪落ちる音をみている幼さなかな

抱き上げる赤子の重さ冬銀河

赤子洪笑寒鴉微苦笑

ひくも老ひかれるも老寒椿

 

2018年の年賀状

 明けましておめでとうございます。昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。 

 昨年は3月に大学院の講義を終えて長い教員生活を終えました。お世話になり感謝申し上げます。引き続き日野市審議会、新しくNPOの理事就任などあり、天川さんの新著をめぐるシンポジウム、小金井市公民館自主講座での報告を行いました。。新年2ないし3月に上梓予定の単著『協同主義とポスト戦後システム』(有志舎)の準備にあけました。収録作品がいずれも2014年の退職後のもので、かつ発表がいずれも地域の人々とのつながりの場でなされたことに少し驚いています。

 報告や本作りの準備は苦しいけれど本当に楽しくて身体が追いついていないことを反省して、新年はいい加減にしょうと思います。 

 皆様の健康と御多幸を心よりお祈り申し上げます。

2018年 元旦

 

12月の俳句など

 11月26日横浜で天川さんの新著をめぐる「放談会」で報告。ポスト戦後体制ではこれまでの集権、分権などなどの再定義が必要なことなど話す。内容は本にされるとのこと。

 単著の再校終わりつつある。改めて各収録作品を見ると、主要なものはいずれも2014年に退職して以後のものであることに気づき驚く。たしかに第一章の協同主義のマッピングは退職前からの懸案で退職後の集中出来る時間で出来たものである。

 もう一つ気づいたことは、第一章もふくめていずれも住んでいる地域の人々の関係で発表されたものであることである。詳しいことは「あとがき」に譲るが印象的であった。

 しかし本年は報告や出版の苦しいけれど本当に楽しいことに熱中して身体が追いついていないことを反省して今後いい加減にするよう心がけたい。  

 俳句を記録する。

返り花ひと日この世の花となり

十二月まなこ逸らさぬ大鴉

いにしえもいまもパザール門前の冬

閑かさに芯あるごとく冬の瀑布(たき)